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東京高等裁判所 昭和54年(行コ)103号 判決

控訴人 甲野太郎

右訴訟代理人弁護士 村上愛三

被控訴人 鎌倉市長 渡辺隆

右訴訟代理人弁護士 野村千足

右指定代理人 田中洋右

〈ほか三名〉

主文

一  原判決を取消す。

二  被控訴人が控訴人に対し昭和五二年三月二六日付鎌福祉第七一七号及び昭和五二年四月二五日付鎌福祉第五三号をもってした精神薄弱者援護施設入所費用徴収額変更処分を取消す。

三  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  控訴人

主文と同旨の判決

二  被控訴人

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は、控訴人の負担とする。

との判決

第二当事者双方の主張並びに証拠関係

次のとおり附加、訂正するほかは、原判決の事実摘示と同一であるから、これを引用する。

一  原判決の訂正

原判決四枚目裏五行目から同七行目までの全部を削り、その代りに次を加える。

「そして、右のように施設入所費用を入所者又はその扶養義務者に負担させることが例外的な場合に限られることからすれば、本件通達は、この通達が示す以上に不利益な方法で入所者又はその扶養義務者から施設入所費用を徴収することを禁ずる意味での市町村の長が精神薄弱者福祉法(以下単に「法」という。)二七条の規定する施設入所費用の徴収についての最低基準を定めたものと解すべきであるから、これを厳格に解釈しなければならないのは当然であって、これを拡張解釈して入所者又は扶養義務者に本件通達が定める以上に不利益を及ぼしてはならないのである。」

二  控訴人の当審における新たな主張

鎌倉市精神薄弱者の措置費徴収額に関する規則(以下単に「規則」という。)二条に基づいてなされた本件各処分が本件通達の示す徴収基準に合致するものであるとしても、本件通達は、以下に述べる理由によって違法かつ無効であるから、本件処分もまた違法として取消をまぬかれない。

1  心身障害者対策基本法の趣旨と本件通達

(一) 心身障害者対策基本法(昭和四五年法律八四号、以下単に「基本法」という)は、精神薄弱者を含む心身障害者の福祉に関する施策の基本を定め、心身障害者対策の総合的措置を図ることを目的とする(基本法一条)ものであるが、同法中には、個人の尊厳(三条)、国及び地方公共団体の責務(四条)、自立への努力(六条)、政府の法制上、財政上の措置(八条)、重度心身障害者の保護(一一条)及び心身障害者、扶養義務者の経済的負担の軽減(二三条)の各規定が置かれ、これらが我国に於ける心身障害者福祉の基本施策となるべきことが明示している。

これらの規定は、要するに、すべての心身障害者は個人としての尊厳が重んぜられ、それにふさわしい処遇を権利として保障されるべきであり、国及び地方公共団体は、障害者の福祉を増進すべき責務を負担し、特に、障害者自身及びその扶養親族が置かれている困難な状態を配慮し、これらの者の経済的負担の軽減と障害者の自立の促進を図るための可能な限りの施策を推進すべきことを国や地方公共団体に求めているのである。

(二) しかるに、本件通達は、前述の如く法二七条が施設入所費用を可及的に公費負担とすべき責務を、国又は地方公共団体に課しているものと解すべきであるのにかかわらず、この点に何ら配慮することなく、施設入所費用を入所者本人やその扶養義務者から徴収することを当然のこととしつつ、徴収額算定の基準となる課税階層区分の認定につき、入所者と、「同一世帯、同一生計」に属するすべての扶養義務者の課税額の合算額により行うべきことを定めているのであり、前記基本法の趣旨に反し、違法、不当なものといわざるを得ない。

(三) ところで、国は、本件通達が「国庫負担金の決済基準」を意味するにすぎず、各地方公共団体が現実に費用を徴収するに際しては、独自の基準によりより弾力的に運用し、極端な場合、全く徴収しなくても差支えないというのであるが、地方公共団体は、本件通達が存在することを口実として徴収金の負担を扶養義務者らに一層押しつける結果となっており、国は、事実上地方自治体に財政上の責任を転嫁しているのである。

(四) 更に、本件通達の施行以前に於いては、入所者本人及び扶養義務者は、施設入所費用を直接負担することは一切なかったのであり、本人の収入が一定額以上の場合に限り、食費や日用品費等の実費を施設長に対して支払えば足りたことも注意すべきであり、これを肢体不自由者との比較で検討すると、身体障害者厚生援護施設に入所している者は、かつての精神薄弱者の場合と同様、現在でも食費等の実費を施設長に対して負担しているだけで、施設入所費用の徴収を受けていないのである。

こうして、精神薄弱者と身体障害者との間で行政の重大な不統一が生れており、ひいては本人及び扶養義務者の入所費用の負担の面で明らかに不公平を生んでいる点も十分考慮されるべきである。

(五) 要するに、本件通達施行以前の精神薄弱者援護施設においては、法二七条の任意的徴収規定の趣旨が正当にも公費負担を原則とする旨解されてきたのであり、本件通達によって、精神薄弱者に限って本人及び扶養義務者に対し、施設入所費用の負担を課すに至ったものであり、まさしく制度の改悪といわざるをえない。よって、本件通達は前記基本法の趣旨、特に基本法二条、二三条に明白に違反し、無効である。

2  民法上の扶養義務等との関係

(一) 法二七条は、費用の被徴収者につき「入所中の精神薄弱者又はその扶養義務者」と規定しているが、これは、本人と扶養義務者とが単純に並列されていると解するべきではなく、基本法三条、六条及び二三条一項等で定められた精神薄弱者本人の個人の尊厳と自立の促進という趣旨、更に民法一条の二の定める個人の尊厳の趣旨を考慮するならば、費用徴収については、入所者本人があくまで先順位であり、扶養義務者に対する徴収は後順位の補充的なものと解すべきである。

しかるに、本件通達は、費用徴収についての順位性を何ら問題とせず、一律に「同一世帯、同一生計」に属する扶養義務者の課税額を合算する方式を採用している点で、基本法の前記条項及び民法一条の二に違反し、無効である。

(二) 次に、仮に、扶養義務者の課税額を合算する方式に一定の合理性が存すると仮定しても、本件通達は以下述べるように、民法上確立された扶養義務者内の扶養義務の態様、順位等について全く配慮していない点で、確立された私法秩序を一片の行政通達によって歪曲するものというべく、違法、無効である。即ち、民法八七七条所定の扶養義務者は、扶養義務の順位、態様に応じて生活保持義務者(夫婦間及び親と未成熟子間)及び生活扶助義務者(民法八八七条一、二項)に分類して考察するのが、今日の民法解釈上の通説となっているのであるが、本件通達は、扶養義務者についてのこれらの差異を全然考慮せず「同一世帯、同一生計」にある扶養義務者を一律かつ機械的に取扱うものであり、その結果、民法原理を超えた扶養義務を、事実上行政当局が一方的に強制することになるので、違法、無効というべきである。

特に、本件に於いては、入所者両名はすでに成人に達しており、控訴人自身もはや両名に対し生活保持義務を負担していないのである。まして、補充的、二次的な生活扶助義務者にすぎない訴外二郎の課税額を合算して徴収額の認定を導こうとする本件通達の内容が、民法一条の二、八七七条に違反し、不当極りないことは明白である。

3  受益者負担論の誤り

本件通達及び本件処分の背景には、入所者本人や扶養義務者は、受益者であり、一定の費用負担をするのは当然であるとの考え方が存すると思われる。しかし、入所者や扶養義務者が費用負担を進んで受け入れるためには、その前提として、施設の実状や入所手続等の面で真に利益を享受しているといえるかどうかが問われなくてはならない。ところが、以下に述べるように施設をめぐる実状は、到底満足できる状態とはいい難く、このような状況下で本人や扶養義務者に一方的に費用負担を強いることになる本件通達自体、受益者負担の原理に照らしても、違法といわざるを得ない。

(一) 施設の問題点

(1) 日常生活上の問題

a 食事時間、入浴時間等の面で不自然な日課を強いられる。また、青年も老人も同じ日課であり、何もしないまま放任されている時間が多い。

b 食事は献立が一律で、大旨冷えたもの。菓子、アルコール等の嗜好品を自由にとることができない。

c 服は囚人服様のユニフォームの着用を強制され、自分で選べない。

d 大部屋住いで居住スペースが極度に狭く、プライバシーも全く保てない。娯楽室等の共用スペースも狭小である。

(2) 職員の不足

a 医師、看護婦、リハビリテーション専門職員、作業指導員等の専門職員が非常に少い。

b 施設職員の大半は専門教育を受けていない転職者であり、専門知識やモラルの面で欠けることが少くない。

(3) 権利行使の制限

a 障害福祉年金は施設で保管され、措置費に含まれない日用品、衣類、間食などに使用されることが多く、障害者本人の自由使用は制限されている。

b 施設の処遇、サービス等の要求を受付ける窓口が存在せず、施設側の処遇を受動的に受け入れる以外ない。

c 施設は大体交通の不便な所に存し、家族が面会するのが大変である。また、面会日、時間等も一方的に指定される。

(二) 入所時の状況

(1) やむを得ぬ事情からの入所

精神薄弱者をかかえた家庭では、在宅のままでは本人も家族も全く展望が持てないので、このような状態を逃れるべくわらをもつかむ気持で入所しているのである。

(2) 施設選択の不可能

成人精神薄弱者施設は、施設数が絶対的に不足しており、入所希望者が常に殺到しているため順番待ちとなる。よって、「入所できる施設があればどこでも」ということになり、施設が遠い、処遇が悪いと思っても、他の施設を選択する余地は全くない。

(3) 再入所の困難

以上のような実状であるから、例えば社会復帰の試みとして本人が就職等により一旦施設を退所すると、万一就職に失敗しても再入所できない。結局、施設に残留する以外なく社会復帰できない。

このような状態であるので、本人や家族を受益者であるとみなすことは到底不可能なのである。

4  日本国憲法との関係

日本国憲法一三条、一四条、二五条の趣旨を心身障害者問題にあてはめて考察するならば、社会の中で必然的に一定数生み出されている心身障害者は、全て個人として尊重され、幸福追求に対する固有の権利を有しているのであり(一三条)、国は、心身障害者に対し、障害を有しない者と実質的に平等に(一四条)、その生存権を全うするための社会福祉の施策を増進させなければならない(二五条)のである。

また、一九七五年一二月九日、国連総会は「障害者権利宣言」を全会一致で採択し、右宣言の実現を目ざして設けられ、「全面参加と平等」を総合テーマとする国際障害者年も来年に迫っている。政府も、国際障害者年に際し、障害者に対する福祉施策を一層増進する旨明らかにしている。

右宣言三項は「障害者は人間としての尊厳が尊重される生まれながらの権利を有している。障害者はその障害の原因、性質、程度のいかんにかかわらず、同年齢の市民と同等の基本的権利を有する。このことは、第一に、可能な限りの通常の、十分満足のゆく相当の生活を送ることができる権利を含む。」と高らかに宣している。

これらの国際的な障害者に対する施策の水準は、今日の我国に於ける障害者に対する福祉の基本方針でもなければならない。ところが、本件通達はすでに述べた通り、国際的な水準や憲法一三条、一四条、二五条等が要求している障害者や家族の権利を不当に侵害するものであり、違憲、無効というべきである。

三  被控訴人の右主張に対する認否

すべて争う。

四  証拠関係《省略》

理由

一  請求の原因1ないし4の事実、並びに被控訴人が入所者一郎及び花子の扶養義務者であり、同人らを含む世帯の世帯主である控訴人の課税額に控訴人と同一建物に居住している次男二郎の課税額を合算して本件各処分をしたことは、当事者間に争いがない。

二  《証拠省略》によれば、「鎌倉市精神薄弱者の措置費徴収額に関する規則」の全部は別級のとおりであるところ、第二条及び別表の文言からすると、入所中の精神薄弱者又はその扶養義務者からその負担能力に応じて鎌倉市が措置費を徴収する場合の基準は、右入所中の精神薄弱者の属する世帯の階層区分に応じて定められているものであることは明らかであり、右の階層を決定するに当り、入所中の精神薄弱者と同一世帯に属しない者の課税関係を斟酌することは、右明文に反するのみならず、鎌倉市長が法二六条の定めるところに従い、「負担能力に応じて」入所中の精神薄弱者又はその扶養義務者から措置費を徴収すべき権限を逸脱することになるから、実質的にも許されないといわなければならない。

三  そこで、控訴人の次男二郎と、控訴人とが同一世帯に属するか否かを検討する。

そもそも「世帯」という表現は、住民基本台帳法、所得税法等に見られるところで、生計を一にする共同体を意味し、通常は夫婦を中心とし、その家族で形造られているものであるが、同一世帯に属するか否かは必ずしも場所的経済的関係のみによって定まらず、当事者の主観的な意識によっても左右される場合もあると思われる。しかるところ、控訴人と二郎の生活関係は原判決一一枚目裏一〇行目から一三枚目裏末行までに認定されているとおりであって、右事実関係とくに控訴人に固有の収入があって経済的に自立し、住民基本台帳上も従前から二郎と別世帯となっていた沿革を考慮すると、前記規則二条の適用の関係においても、控訴人と二郎とは別世帯に属するものと解するのが相当である。

四  一方、控訴人の昭和五一年分所得税額が〇円であったことは当事者間に争いがなく、他に控訴人と同一世帯にあって、同年分所得税を納めた者があったかどうかについては、なんらの主張立証がないから、被控訴人は本件規則二条及び別表により控訴人の世帯をaないしcのいずれかの階層に区分すべきであったのに、これをd階層に属せしめ、本件各処分に及んだものであるから、右各処分は法二六条及び規則二条に違反し、その瑕疵は取消を必要とする程度に重大なものであるといわざるをえない。

五  以上のとおりであるから、本件各処分は、すでに他の点につき判断するまでもなく、その取消を免れないものであって、これに基づく控訴人の本訴請求は正当として認容すべきものであるところ、これと趣旨を異にする原判決は不当であるからこれを取消すこととし、民訴法九六条、八九条の各規定を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 石川義夫 裁判官 寺澤光子 原島克己)

〈以下省略〉

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